内堀和也(うちぼり・かずや)は、指定暴力団・六代目稲川会の会長として知られる人物です。本名は内堀和雄(うちぼり・かずお)とされ、1952年12月19日生まれ。2019年に稲川会の六代目会長に就任し、2026年現在も、警察が公表する指定暴力団の代表者情報に名前が掲載されています。
内堀和也の経歴を調べるうえで重要なのが、2009年8月に発覚した整理回収機構(RCC)の債権差し押さえをめぐる事件です。当時、内堀和雄は妻の辛京子(シン・キョンザ)や長男とともに、土地の登記を利用した強制執行妨害などの容疑で逮捕されました。事件では、2004年に川崎市内で取得した土地を長男名義で登記した経緯が問題になっています。ここでは、当時の報道、警察の公表資料、組織の歴史を手がかりに、人物像と事件の背景を整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 本名と生年月日:内堀和也の本名は内堀和雄とされ、1952年12月19日生まれです。
- 組織での地位:2019年に六代目稲川会会長に就任。2026年に確認できる警察公表資料でも代表者として記載されています。
- 2009年の逮捕事件:整理回収機構の債権差し押さえをめぐり、妻・長男とともに強制執行妨害などの容疑で逮捕されました。
【基本プロフィール】内堀和也の本名・生年月日・経歴
内堀和也は、通称として知られる名前と、本名とされる名前が異なる人物です。警察の指定暴力団一覧表では「内堀和雄」と表記され、一般の人物紹介や報道では「内堀和也」の名前が広く使われています。
生年月日は1952年12月19日です。2026年10月28日時点では73歳で、同年12月19日に74歳を迎えます。
公開されている経歴では、神奈川県川崎市を地盤とする稲川会系の山川一家で地位を築き、三代目総長を務めた後、稲川会本体の幹部へと進みました。2010年には稲川会の理事長に就任し、当時の会長だった清田次郎を支える立場にありました。
その後、約9年間にわたって理事長を務め、2019年4月に六代目会長へ就任したとされています。下部組織での役職から組織全体のトップへと移った経歴が、内堀和也を理解するうえで重要なポイントです。
一方、幼少期の生活、学校歴、若い時期の詳細な職歴などについては、公開情報だけで一貫した人物像を描けるほどの資料がそろっているわけではありません。生年月日や組織内の役職といった客観的な経歴と、人物の性格や個人的な思想に関する評価は、分けて捉える必要があります。
【2026年最新情報】六代目稲川会会長としての現在の立場
2026年現在の内堀和也を知るうえで、まず確認したいのが警察による指定暴力団の公表情報です。
大阪府警察が公開する「指定暴力団一覧表」は、2025年末時点の情報として、稲川会の代表者を内堀和雄、勢力範囲を1都1道15県、構成員数を約1,600人と記載しています。この資料は2026年における組織の公的な位置づけを確認するための基礎資料になります。ただし、約1,600人という数字は2026年10月時点の実数を示すものではありません。
また、2025年4月には、五代目会長を経て六代目体制で総裁を務めていた清田次郎が死去しました。東京都公安委員会は同年5月29日、暴力団対策法に基づく公示で、稲川会の「代表する者」を内堀和雄会長に変更しています。この動きは、内堀が組織の代表者として公的な手続き上も位置づけられていることを示すものです。
ここで区別しておきたいのは、組織の代表者として登録されていることと、組織の内部事情や個々の活動がすべて公開されていることは別だという点です。警察資料から把握できるのは、指定暴力団としての名称、代表者、勢力範囲、構成員数などです。内部の意思決定や個々の幹部との関係まで、公式資料だけで詳細に説明できるわけではありません。
したがって、2026年の現在については、内堀和也が六代目稲川会会長であり、内堀和雄の名前で公的な代表者情報に記載されていることが、まず押さえるべき事実です。
【歴代会長と組織の変遷】内堀和也はどのようにトップへ進んだのか
内堀和也の経歴は、稲川会の歴代会長の交代と密接に結びついています。稲川会は長い歴史を持つ指定暴力団で、会長の交代に伴い、組織内の主要ポストも引き継がれてきました。
一般に整理されている歴代会長の系譜は、次のとおりです。
- 初代:稲川聖城
- 二代目:石井隆匡
- 三代目:稲川裕紘
- 四代目:角田吉男
- 五代目:清田次郎
- 六代目:内堀和也(内堀和雄)
歴代会長の就任時期をたどると、初代の稲川聖城から石井隆匡、稲川裕紘へと続き、2006年には角田吉男が四代目会長に就任しました。その後、2010年に清田次郎が五代目会長となり、2019年4月に内堀和也が六代目を継承したとされています。
内堀の昇進過程で特に注目されるのは、清田次郎との関係です。報道や組織史に関する解説では、内堀は山川一家の三代目総長を務め、清田が稲川会会長に就任した2010年以降は理事長として組織を支えたと説明されています。理事長は組織内の重要な役職であり、内堀はその立場を経て会長に就任しました。
ただし、歴代会長の交代年については、会長就任の発表日、実際の継承時期、資料ごとの表記に差が生じることがあります。人物の経歴を調べる際は、役職名だけでなく、どの組織で、いつ、どの立場にあったのかを併せて確認することが重要です。
【時系列で整理】2009年の逮捕事件と土地登記の経緯
内堀和也の名前が大きく報じられた出来事の一つが、2009年8月の逮捕事件です。問題となったのは、金融機関からの融資金をめぐる債務と、整理回収機構による債権回収・差し押さえをめぐる土地登記でした。
整理回収機構(RCC)は、破綻した金融機関などに関係する債権の回収を担う機関です。当時の報道によると、内堀の妻にはRCCに対する約2億円の債務があり、内堀はその連帯保証人になっていたとされます。返済が滞ったことで、財産の差し押さえが問題となっていました。
警視庁は2009年8月10日、内堀和雄を強制執行妨害などの容疑で逮捕しました。続いて同月13日、妻と長男らが同じ事件に関連して逮捕されたと、当時の毎日新聞などが報じています。
捜査側が問題視したのは、2004年9月に約1億円で取得した川崎市川崎区内の土地、約445平方メートルについて、長男名義で登記した行為です。報道によれば、当局は、RCCによる差し押さえを免れるために実態と異なる登記を行い、財産の差し押さえを妨げた疑いがあるとみていました。
この事件で報じられた容疑は、主に次の2つです。
- 強制執行妨害容疑:債権者が裁判などに基づいて財産を差し押さえる手続きを妨げた疑い。
- 電磁的公正証書原本不実記録・同供用容疑:登記などの公的な電磁的記録に、実態と異なる内容を記録させ、それを利用した疑い。
これらは当時の逮捕容疑を説明したものであり、逮捕されたこと自体が有罪判決を意味するわけではありません。事件の経緯を正確に理解するには、土地取得の時期、登記の名義、債務と保証関係、捜査当局が主張した目的を分けて見る必要があります。
当時の報道から確認できるのは、逮捕に至った経緯と捜査側が示した容疑の内容です。事件の最終的な司法判断については、逮捕報道だけから有罪・無罪や処分結果を断定することはできません。
【事件の時系列表】2004年の土地登記から2026年の現在まで
土地登記をめぐる事件と、その後の組織内での地位の変化を時系列で整理すると、内堀和也の経歴における主要な節目が見えてきます。
| 時期 | 出来事 | 確認できる内容・留意点 |
|---|---|---|
| 1952年12月19日 | 生年月日 | 内堀和也(本名とされる名前は内堀和雄)の生年月日。 |
| 2004年9月 | 川崎市内の土地取得・登記 | 約1億円で取得した約445平方メートルの土地を長男名義で登記したと報じられた。 |
| 2009年8月10日 | 内堀和雄を逮捕 | RCCの債権差し押さえをめぐり、強制執行妨害などの容疑が報じられた。 |
| 2009年8月13日 | 妻・長男らを逮捕 | 同じ土地登記をめぐる事件で、妻の辛京子や長男らの逮捕が報じられた。 |
| 2010年 | 稲川会理事長に就任 | 五代目会長・清田次郎の体制で理事長を務めたとされる。 |
| 2019年4月 | 六代目会長に就任 | 清田次郎の後を継ぎ、稲川会の六代目会長となった。 |
| 2025年5月29日 | 代表者変更の公示 | 東京都公安委員会が、稲川会の代表者を内堀和雄会長に変更したと公示。 |
| 2026年 | 現在の公的な位置づけ | 警察の指定暴力団一覧表で、内堀和雄が稲川会の代表者として記載されている。 |
この時系列から分かるのは、2009年の事件が組織内での会長就任より前に起きたこと、そして内堀がその後も稲川会の幹部として地位を上げ、2019年に会長となったことです。ただし、事件と後年の人事との間に直接的な因果関係があったと示すものではありません。
【妻・辛京子とは】シン・キョンザと歌手経歴、長男の登記をめぐる問題
2009年の事件では、内堀和也の妻として辛京子(シン・キョンザ)の名前が報じられました。当時の報道では、内堀京子という名前と、本名としての辛京子が併記されています。
一部の人物紹介では、辛京子はポリドールの歌手として紹介されています。ただし、歌手活動の具体的な時期、作品一覧、音楽活動の詳細については、広く参照できる公式プロフィールやディスコグラフィーなどの資料が限られています。そのため、歌手として紹介された経歴と、2009年の事件で報じられた事実は分けて理解する必要があります。
事件の中心となったのは、妻が抱えていたとされる債務と、内堀が連帯保証人だったという関係です。報道では、妻のRCCに対する債務が一時約2億円に達しており、返済が滞っていたと説明されています。
その状況下で問題になったのが、川崎市内の土地を長男名義で登記したことでした。土地の取得価格は約1億円、面積は約445平方メートルと報じられています。捜査当局は、この登記がRCCによる差し押さえを免れるためのものだった疑いがあるとみていました。
もっとも、妻や長男が逮捕されたという事実と、各人の刑事責任が最終的にどのように判断されたかは別の問題です。家族関係や登記名義だけを根拠に、個々の人物の責任を一律に判断することはできません。
【公開情報から見る人物像】事実と推測をどう区別するべきか
内堀和也の人物像を調べるとき、まず確認しやすいのは、生年月日、組織内の役職、会長就任の時期、警察による代表者情報、そして2009年の逮捕報道です。これらは、複数の公的資料や当時の報道を照合することで、一定の経緯を整理できます。
一方、本人の性格、私生活の実態、組織内での個人的な人間関係などについては、公開情報だけで断定できる範囲が限られています。肩書きや過去の事件だけから、本人の人格やすべての行動を説明することはできません。
情報を見極める際は、資料の種類に応じて役割を分けることが大切です。
- 警察・公安委員会の資料:指定暴力団の代表者、組織の公的な位置づけ、勢力範囲などを確認する。
- 当時の新聞報道:逮捕日、容疑の内容、捜査当局が示した事件の経緯を確認する。
- 人物紹介・組織史の解説:歴代会長や役職の変遷を理解するために利用する。
- 裁判記録などの司法資料:逮捕後の起訴・不起訴や判決など、刑事責任の最終的な判断を確認するために必要となる。
特に2009年の事件では、逮捕時に報じられた容疑を、そのまま確定した犯罪事実として扱わないことが重要です。また、2004年の土地登記、2009年の逮捕、2019年の会長就任という時間的なつながりがあっても、それぞれの出来事の間にどのような因果関係があるのかは、別途資料によって判断しなければなりません。
こうした区別を意識することで、人物の経歴、組織の公的な位置づけ、刑事事件の報道を混同せずに理解できます。
【内堀和也】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:内堀和也の本名と生年月日は?
A1:本名は内堀和雄とされ、生年月日は1952年12月19日です。2026年10月28日時点では73歳です。
Q2:内堀和也は2026年現在も稲川会会長なのですか?
A2:はい。大阪府警察の指定暴力団一覧表では、内堀和雄が稲川会の代表者として記載されています。東京都公安委員会も2025年5月29日、代表者を内堀和雄会長に変更したと公示しています。
Q3:内堀和也はなぜ2009年に逮捕されたのですか?
A3:整理回収機構による債権差し押さえをめぐり、2004年に取得した川崎市内の土地を長男名義で登記した行為について、強制執行妨害や電磁的公正証書原本不実記録・同供用などの容疑がかけられたためです。逮捕は容疑に基づくものであり、それだけで有罪が確定したことにはなりません。
まとめ:内堀和也の経歴と事件を理解するための判断基準
内堀和也(内堀和雄)は、1952年12月19日生まれで、2019年4月に六代目稲川会会長に就任した人物です。2026年に確認できる警察の公表資料でも、稲川会の代表者として記載されています。
2009年の逮捕事件では、妻・辛京子や長男とともに、整理回収機構の債権差し押さえをめぐる強制執行妨害などの容疑が報じられました。事件の焦点は、妻の債務と連帯保証関係、2004年に取得した川崎市内の土地、そして長男名義の登記にありました。
一方、逮捕報道と刑事事件の最終的な判断は区別しなければなりません。内堀和也の経歴を正確に把握するには、警察・公安委員会の公表資料で現在の立場を確認し、当時の報道で事件の経緯をたどり、必要に応じて司法資料で最終的な処分を確かめることが重要です。
2026年現在の内堀和也をめぐる公開情報を読む際も、組織上の地位、過去の逮捕容疑、家族に関する情報、そして確定した司法判断をそれぞれ切り分けることが、事実に即した人物理解につながります。 (出典: 内堀和也(Yahoo!ニュース))