サッカー日本代表の歴史を語るうえで、本田圭佑の名前は欠かせない。2010年南アフリカ大会での鮮烈な活躍から、ACミランで背番号10を背負った時代、そして世界各国のクラブを渡り歩く挑戦まで、そのキャリアは日本人選手の海外進出を象徴する歩みでもある。
2026年10月現在、40歳となった本田はシンガポールのFCジュロンで現役選手としてプレーしている。9月18日には約2年ぶりとなるクラブ公式戦に出場し、10月25日の試合でも途中出場を果たした。引退を明言せず、新たな国でプレーを続ける姿は、全盛期の代表選手というイメージだけでは捉えきれない。本記事では、本人の公式プロフィール、日本サッカー協会の記録、シンガポール・プレミアリーグの試合情報、報道各社の記事をもとに、経歴・代表成績・年俸・プレースタイル・引退の真相を整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の所属:2026年はシンガポールのFCジュロンでプレー。9月18日に公式戦デビューし、10月25日にも途中出場した。
- 日本代表の実績:国際Aマッチ98試合37得点。FIFAワールドカップは2010年、2014年、2018年の3大会に出場し、通算4得点を記録した。
- 引退の真相:本人は現役引退を明言していない。年間を通して所属する従来型の契約ではなく、短期間のプレーを志向している。
【2026年最新】本田圭佑の現在はFCジュロンで現役続行
本田圭佑の2026年の大きな動きは、シンガポール・プレミアリーグへの挑戦だ。FCジュロンは2026年4月10日、2026-27シーズンに本田が加入すると発表した。同クラブは以前、アルビレックス新潟シンガポールの名称で活動していたチームで、2026-27シーズンからFCジュロンとして新たな体制で戦っている。
加入後、本田はコンディション調整を経て公式戦に出場した。シンガポール・プレミアリーグ公式の試合レポートや日刊スポーツの報道を整理すると、2026年の活動は次のようになる。
- 8月22日:FCジュロンの新加入選手として紹介され、クラブの目標について発信。
- 9月13日:リーグ開幕戦では出場せず、チームスタッフとして戦術面を支える姿が報じられた。
- 9月18日:ホーガン・ユナイテッド戦で後半途中から出場。FCジュロンは3対0で勝利した。
- 10月18日:ライオン・シティ・セーラーズ戦に途中出場。チームは0対2で敗れた。
- 10月25日:タンピネス・ローバース戦に途中出場。試合は2対3で敗れたが、本田の右コーナーキックから味方の得点が生まれた。
10月25日の試合では、後半37分からピッチに入り、直接フリーキックでもゴールを狙った。得点には至らなかったものの、後半アディショナルタイムのコーナーキックが味方のゴールにつながっている。ビデオ判定を経て得点が認められた場面であり、セットプレーが持つ影響力を改めて示した。
一方、現状は先発に定着した段階ではなく、途中出場を重ねている段階だ。試合への出場と、チームの中心選手として長時間プレーすることは別の評価軸になる。今後の注目点は、出場時間の増加、攻撃への直接的な関与、そしてチームのタイトル争いへの貢献だ。
本田がFCジュロンで掲げているのは、クラブをシンガポールのトップに押し上げること。現役選手として結果を追いながら、海外で培った経験をチームに還元するという二つの役割を担っている。
【経歴を年表で整理】名古屋からACミラン、そして11カ国目の挑戦へ
本田圭佑は1986年6月13日生まれ、大阪府摂津市出身。身長182センチ、左足を利き足とする攻撃的な選手だ。摂津FC、ガンバ大阪ジュニアユースを経て石川県の星稜高校へ進み、名古屋グランパスでプロとしてのキャリアをスタートさせた。
本田の所属チームの歴代遍歴で特徴的なのは、欧州の主要リーグだけでなく、メキシコ、オーストラリア、ブラジル、アゼルバイジャン、リトアニア、ブータンなど、多様なサッカー文化を経験してきたことだ。シンガポールへの移籍により、プロ選手としてプレーする国は11カ国目となった。
| 時期 | 所属チーム・活動 | 主な実績・転機 |
|---|---|---|
| 2005〜2007年 | 名古屋グランパス | Jリーグでプロキャリアを開始。リーグ戦90試合11得点。 |
| 2008〜2010年 | VVVフェンロ(オランダ) | 2008-09シーズンにオランダ2部優勝、リーグMVPを獲得。 |
| 2010〜2013年 | CSKAモスクワ(ロシア) | 欧州の舞台で経験を積み、ロシアリーグなどのタイトルを獲得。 |
| 2014〜2017年 | ACミラン(イタリア) | 背番号10を着用。リーグ戦81試合9得点。 |
| 2017〜2018年 | CFパチューカ(メキシコ) | リーグ戦29試合10得点。クラブワールドカップにも出場。 |
| 2018〜2019年 | メルボルン・ビクトリー(オーストラリア) | リーグ戦18試合7得点。 |
| 2019〜2021年 | SBVフィテッセ、ボタフォゴ | オランダとブラジルでプレーし、活動の場を広げた。 |
| 2021年 | ネフチ・バクー、スードゥヴァ | アゼルバイジャンリーグ優勝などを経験。 |
| 2024年 | パロFC(ブータン) | 公式戦に出場し、新たな国での挑戦を実現。 |
| 2026年〜 | FCジュロン(シンガポール) | 2026-27シーズンに加入。9月18日に公式戦デビュー。 |
※所属時期は主な在籍期間を示す。試合数や得点数は大会によって集計基準が異なるため、クラブリーグ戦の記録と代表成績は分けて考える必要がある。
最初の転機は、オランダのVVVフェンロ時代だ。海外挑戦を始めた直後にクラブは2部へ降格したが、本田はそこで結果を残し、2008-09シーズンの2部優勝とリーグMVP獲得につなげた。移籍先の環境が必ずしも理想的ではなくても、自分の価値を示して次の機会をつかむ姿勢は、その後のキャリアにも通じている。
次の転機が2010年南アフリカ大会での活躍だ。世界的な注目を集めたことで、欧州のクラブで評価される日本代表選手として存在感を高めた。その後、CSKAモスクワで経験を積み、2014年にはイタリアの名門ACミランへ移籍。背番号10を託されたことは、当時の本田に対する期待の大きさを象徴する出来事だった。
2017年以降はメキシコ、オーストラリア、オランダ、ブラジル、アゼルバイジャン、リトアニアなどへと舞台を移した。移籍先の知名度だけでキャリアを評価すると見落としやすいが、本田の場合は、環境を変えながら競技を続けることそのものがキャリアの特徴になっている。
【日本代表とFIFAワールドカップ】98試合37得点、3大会連続の記録
日本代表での本田圭佑は、数字と印象の両面で存在感を残した選手だ。本人の公式サイトに掲載されている代表記録では、国際Aマッチ98試合出場37得点。2010年、2014年、2018年のFIFAワールドカップに出場し、3大会合計10試合で4得点を記録している。
ワールドカップでの得点は、2010年南アフリカ大会で2点、2014年ブラジル大会で1点、2018年ロシア大会で1点。3大会すべてでゴールを決めただけでなく、各大会でアシストも記録した。本人の公式プロフィールは、この「3大会連続でゴールとアシストを記録した」という実績を、世界の歴史における6人目の記録として紹介している。
各大会の見どころを整理すると、次のようになる。
- 2010年南アフリカ大会:カメルーン戦で決勝ゴールを挙げ、デンマーク戦でも得点。日本の決勝トーナメント進出に貢献した。
- 2014年ブラジル大会:コートジボワール戦で先制ゴールを記録。日本はグループリーグ敗退となったが、本田は攻撃の中心を担った。
- 2018年ロシア大会:途中出場からセネガル戦で同点ゴールを決めるなど、限られた出場時間でも結果を残した。日本はベスト16に進出した。
2010年の活躍は、本田のキャリアにとって決定的だった。海外でプレーする日本人選手が増えるなかでも、ワールドカップという最大級の舞台で得点を決めることは、選手の知名度と評価を大きく変える。彼の場合、その結果がCSKAモスクワでのプレーやACミランへの移籍へとつながっていった。
2011年のAFCアジアカップでも、本田は日本の優勝に貢献し、大会MVPを受賞している。ワールドカップだけでなく、アジアの主要大会でも結果を残した点は、日本代表の歴代選手のなかで本田を評価する際に欠かせない。
代表での数字を比較するときには、国際Aマッチの通算成績とワールドカップ本大会の成績を混同しないことも大切だ。98試合37得点は代表活動全体の記録であり、ワールドカップ本大会では10試合4得点。異なる集計範囲の数字だが、両方を見ることで、本田が長期にわたって代表の攻撃を支えたことがわかる。
【ACミランで背番号10】本田圭佑のプレースタイルと評価
本田圭佑のプレースタイルを理解するうえで重要なのは、左足のキック精度、ボールを保持する力、フィジカルを生かしたポストプレー、そしてゴール前での判断だ。攻撃的ミッドフィールダーやセカンドストライカーとして、パスを配るだけでなく、自らシュートを打ち、セットプレーのキッカーも務められる点が強みだった。
特に印象的なのは、相手の圧力を受けても簡単にはボールを失わず、味方が攻め上がる時間をつくるプレーだ。左足から繰り出すミドルシュートやフリーキックは、守備側にとって警戒すべき武器だった。前線で体を張りながら攻撃の起点となり、ゴールとアシストの両方に関わることができる。
ACミランでは2014年から2017年にかけてプレーし、リーグ戦81試合9得点を記録した。イタリアの名門で背番号10を背負ったことは大きな注目を集めた一方、背番号や知名度に見合う結果をどこまで残せたかについては、評価が分かれる部分もあった。
その理由は、得点やチャンスメークのように目立つ成果と、試合全体で求められる守備への貢献や運動量が、必ずしも同じ尺度では評価できないためだ。ボールを持ったときの技術や判断力が長所である一方、相手の強度が高い試合では、守備の切り替えやプレー速度への対応が問われる。こうした特徴は、本田を評価するときに切り分けて考えたいポイントだ。
また、選手の評価は所属クラブの強さだけでは決まらない。VVVフェンロでは2部リーグのMVPを獲得し、パチューカではリーグ戦29試合10得点を記録した。所属するチームの戦術や本人に与えられる役割によって、持ち味の出方が変わることを示す実績といえる。
本田のキャリアは、特定のポジションだけに適応する選手というよりも、攻撃の中心を任されることで力を発揮してきた選手として見ると理解しやすい。今後FCジュロンで出場時間が増えれば、セットプレー、前線でのボール保持、最後のパスといった強みをどこまで試合結果に結びつけられるかが、評価の基準になる。
【年俸と引退の真相】本田圭佑はなぜ現役を続けるのか
本田圭佑の年俸については、過去の報道と2026年現在の契約を分けて考える必要がある。ACミラン時代の報酬について、日刊スポーツは2013年12月、契約条件として年俸550万ユーロ、当時の換算で約7億7000万円と報じた。一方、2015年9月にはイタリア紙の推定として、手取り年俸250万ユーロ、当時の換算で約3億3800万円と伝えている。
これらの数字は報道された時期や税引き前後などの条件が異なるため、単純に同じ基準の金額として比較することはできない。いずれもミラン時代の報道であり、現在のFCジュロンでの年俸を示す数字ではない。
2026年現在の本田の選手年俸や、経営・投資活動を含む正確な年収は公表されていない。クラブとの契約報酬、会社の役員報酬、広告・ブランド関連の収入、投資による利益は、それぞれ異なる収入源だ。過去の推定年俸をそのまま現在の年収に当てはめるのは適切ではない。
引退についても、競技から完全に離れたと考えるのは正確ではない。日刊スポーツは2025年6月13日、本田が自身のブランドの発表会で「現役は辞めない。体が動く限りは続けたい」と現役続行の意向を示したと報じている。同時に、シーズンを通してプレーするつもりはなく、必要とするクラブと条件が合えばプレーする考えも明かしていた。
その後の2026年にはFCジュロンへの加入が実現し、9月から公式戦に出場している。つまり、引退を明言していないという本人の姿勢は、実際のクラブ活動にもつながっている。
本田が目指すのは、従来のように1シーズンを通して特定のクラブでプレーする形だけではない。2025年の報道では、短期間の契約で試合に出場することへの意欲も語られていた。経営や投資などの活動と並行しながら、サッカー選手としての挑戦を続ける考え方だ。
ただし、現役続行の意思があることと、以前と同じ競技レベルや出場時間を維持できることは別問題だ。本人も年齢を重ねるなかで、けがへの対応が大きな課題になることを語っている。2026年の本田を評価するなら、引退するかどうかだけでなく、実際に試合へ出場して何を残しているかを見る必要がある。
【名言・評判・キャリアの転機】本田圭佑らしさはどこにあるのか
本田圭佑はプレーだけでなく、目標を大きく掲げる発言でも知られている。本人の公式サイトに掲載された「本田語録」には、2018年8月20日付で次の言葉が記録されている。
「夢は大きく持つべきだ。俺は笑われるくらいでちょうどいいと思ってる。」
この言葉は、本田のキャリアを振り返ると具体的な意味を持つ。海外挑戦、ワールドカップでの活躍、ACミランへの移籍、そして複数の国でプレーする選択まで、周囲の評価に合わせて目標を小さくするのではなく、自分で目指す場所を決めてきたからだ。
もちろん、大きな目標を口にするだけで競技上の成功が保証されるわけではない。本田の評価を考える際には、発言と実績を分けて見ることが大切だ。実際にワールドカップ3大会で得点し、アジアカップMVPを獲得し、欧州の名門クラブでプレーしたことは、本人の挑戦が具体的な成果につながった例である。
一方、強い言葉や自信に満ちた姿勢は、受け取り方によって評価が分かれる。大きな目標を掲げることをリーダーシップと捉える人がいる一方で、発言に見合う結果を厳しく求める見方もある。これは本田の評判を考えるうえで避けて通れない側面だ。
そのため、選手としての評価は代表での得点、クラブでの出場記録、チームへの貢献などから判断し、経営者・投資家としての評価は事業活動や投資実績といった別の材料から考えるべきだ。知名度が高いからといって、あらゆる分野での成果が自動的に証明されるわけではない。
2026年のFCジュロンでの挑戦にも、本田らしさが表れている。40歳でシンガポールのリーグに加わり、途中出場から試合に関わり、セットプレーで得点機会を生み出している。全盛期のような出場時間を得られるかどうかは今後の課題だが、新たな国で競技を続けるという選択自体は、これまでのキャリアの延長線上にある。
本田の歩みから読み取れるのは、成功を一つのクラブや一つの大会だけで定義しない姿勢だ。日本代表としての実績、海外クラブでの経験、そして競技以外の活動を組み合わせて、自分のキャリアを組み立ててきた。現在の評価も、過去の名声だけではなく、本人が今どのような役割を担い、何を実現しようとしているかによって変わっていく。
【サッカー本田圭佑】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:本田圭佑は2026年現在、どこのチームに所属していますか?
A1:シンガポール・プレミアリーグのFCジュロンに所属しています。2026年4月に加入が発表され、9月18日に公式戦デビューを果たしました。10月25日のタンピネス・ローバース戦にも途中出場しています。
Q2:本田圭佑の日本代表通算成績とワールドカップの成績は?
A2:本人の公式サイトに掲載された記録では、国際Aマッチ98試合37得点です。FIFAワールドカップには2010年、2014年、2018年の3大会に出場し、通算10試合4得点を記録しています。3大会すべてでゴールとアシストを記録したことも大きな実績です。
Q3:本田圭佑は引退したのでしょうか?
A3:引退を明言していません。2025年6月には現役続行の意思を示し、シーズンを通してプレーする形にこだわらない考えを語りました。2026年にはFCジュロンで公式戦に出場しており、現役選手としての活動を続けています。
まとめ:本田圭佑の現在を知るための3つの判断基準
本田圭佑は、日本代表で98試合37得点を記録し、FIFAワールドカップ3大会でゴールを決めた選手だ。ACミランで背番号10を背負った経験や、オランダ2部でのMVP獲得など、キャリアの節目ごとに結果を残してきた。
2026年10月現在はFCジュロンで現役を続けており、引退したという状況ではない。もっとも、出場時間は途中出場が中心であり、今後どこまでプレーの機会を増やせるかは注目すべき点だ。
本田の現在を理解するうえで、押さえたい判断基準は三つある。第一に、代表時代の実績と現在のクラブでの活動を分けて見ること。第二に、年俸や年収の推定値と公表された事実を混同しないこと。第三に、本人の発言だけで評価を決めず、出場記録や試合での貢献も確認することだ。
本田圭佑のキャリアは、過去の栄光だけで完結していない。世界各国でプレーしてきた経験を携え、40歳になった現在も新たな舞台に立っている。FCジュロンでの出場時間、得点への関与、チームの成績がどう変化するか。今後の評価は、現役続行という意思を、ピッチ上の具体的な結果へどこまでつなげられるかにかかっている。 (出典: サッカー 本田圭佑(Yahoo!ニュース))